小山用水・野木幹線

現在の乙女不動

区画整理前は、間々田駅寄りにあった。

乙女に伝わる「乙女不動」伝説

昔、ある高僧が日光の中禅寺で、百日の修行をした満願の夜明け方に、湖上はるかに光を放つ一体の不動明王の像を見つけ、「どこか、お気に召したところをお示しください。どこまでなりとも、背負って参りましょう。」と、この像を背負い山を降りた。
 何日かたって、間々田の里を通っていたとき、背中の像がずっしり重く感じられたので、道のかたわらに降ろして、しばらく休むことにした。やがて、ふたたび背負って出かけようとしたが、重くて動かすことができなかった。そこで、高僧は、ここが不動明王像のお気に召したところと気付き、里の人々にいわれを説いて、この場所にお堂を建て、安置することにした。南北朝時代に兵火にかかってお堂は焼けたが、像は無事だったという。この不動堂があったことから、乙女不動原という名前の由来となっている。



 

 

参考文献:小山市郷土文化研究会「小山の伝説」(平成4年 第一法規)