小山用水・野木幹線
乙女に伝わる「稚児が池」伝説

 乙女の北のはずれに、稚児が池と呼ばれる、約1.5メートル四方のくぼ地があった。かつては、熊野権現の境内で、神聖な池だったが、いつのころか社殿は朽ち果て、池も埋められてしまった。
 あるとき、村人がこのくぼ地に鍬を入れたところ、たちまち倒れてしまった。別の人が同じことをしたら、失神してしまった。それから、ここを耕して畑にしようとする人はいなくなって、いつまでも空き地として残ったという。稚児が池の名前の由来については、
藤原秀郷の奥方が男子を出産した際に赤子を洗ったという説と、この池のほとりで毎年一人の稚児を生け贄にしたという説がある。


 

 

現在の乙女地内北部のようす
区画整理のため、地形のようすも変わってしまい、稚児が池がどこにあったかは不明である。

参考文献:小山市郷土文化研究会「小山の伝説」(平成4年 第一法規)