乙女八幡宮鳥居

乙女八幡宮鳥居 (市指定有形文化財 建造物 平成12.12.20指定)

 旧日光街道に面した参道の入口に建てられている安山岩製、明神型の石造鳥居。柱には、元禄16年(1703年)に、別当寺だった光明寺の僧舜誉が願主となり、下館大町の商人
高嶋忠左衛門と地元乙女の青木主水尉が施主となり、栃木町の石屋三左衛門に依頼して建立したことが記されている。柱間3.26m 高さ3.92m

 鎌倉時代、下野国の守護として、幕府の有力御家人であった小山一族の繁栄とともに、学区内にも思川沿いの地形を利用して、一族の城や館が築かれた。
 思川の東部に位置する乙女地区は、思川の流路の変遷によって形成された台地と低湿地から成り、米作には、台地からの絞り水や自然湧水を利用したヤト田が発達し、その多くは思川河畔の低湿地に連なっている。
 この乙女八幡宮の境内に残る土塁の跡や付近に現在も残る「西館」「東館」などの小字名から、かつて鎌倉街道沿いに在地領主の館が存在した可能性もある。
 現在、八幡宮の境内では、毎年秋には地元の子どもたちによる奉納相撲が行われる。
 境内の南側斜面には、樹齢200年以上と推定されるエドヒガンザクラの大木があり、春には見事に花を咲かせる。